団塊の世代の集団定年退職の大きな波の時期は取り敢えず乗り越え、それから10年ほどの歳月が経ちました。今はっきりしてきたことは、こうした退職者層の退職後の生き方、社会環境などの変化については専門家や官僚、メディアの予想は悉く外れていたことでした。戦後、半世紀以上の時間を経ましたが、個々に精査してみても、これまで専門家と言われて予想などをしてきた内容が的を射ていた例はほとんどありませんので、驚くには値しないことだと言えばそうですが、これから定年退職を迎える人々にとっては、それでは済まない面もあります。大体、生き方や家庭環境、労働環境などに明確な違いがある個々の人々が60歳と言う年齢になって40年に及ぶ会社組織から離れると言う事が心理面、身体面にどのような考え方の変化を与えるか、また社会がそのような人々をどう見るのかについて、机上でそろばんを弾くには限界があります。その辺りについて一般的なサラリーマンを例に少しお話ししたいと思います。
「定年退職の現実」 60歳の決断。雇用延長とは言うものの
現在、改正高年齢者雇用安定法によって、企業には65歳までの継続雇用が義務付けられています。これによって企業にはで3つの対応が法律で義務付けらました。これによって高齢者の生活は安定する…と思われますが、しかしもともと“60歳定年”自体、法律で定められたものでもありませんので、“法律で65歳まで”と言うのも唐突な感は否めません。それにここ四半世紀に亘って、多くの企業が定年制を見直したり、定年制に伴う退職金制度(これは多くの場合、入社時期に制度として決められていました)も廃止してきているので、“日本で企業経営をするには正社員は65歳まで雇い続けなくてはならない”という法律は成立すべき背景に欠けます。
年金制度破綻の先送りと民間サラリーマンの犠牲
もう皆が分かっていることですが、こんな無茶な法律を作ったのは、年金制度の破綻を先延ばしする為の瞞着に他なりません。年金制度は支給年齢60歳では維持できません。だから取り敢えず65歳に延長しましたが、それに伴って退職者には5年間の“持ち出し期間”ができます。月30万としても5年で1800万。そのあとの年金額も、現在の高齢者とは比較にならないほど“薄く”なりますから5年で吐き出してしまえばあとには大量の“生活保護者候補群”が残ります。
またそもそも銀行金利がゼロの現在で、退職金もない世帯も少なくなく、退職時には預金自体がほとんどないとなれば、それは深刻な社会不安に繋がります。“そんなことは分かっているのだから、これまで遊んでいて、しっかり貯蓄しなかったほうが悪い”と言う声も聞きます。もちろんそんな人もいます。でもそんな人のある一定の人々は生活保護を受けて、病院も只の生活になっています。“貯蓄しなかった方が悪い”と言うのは、まだ世の中の仕組みをよく知らない方々ではないかと思いますが、特に今後はもっと厳しい状況になってきますから、もっと真剣に取り組む必要があるでしょう。しかしそんな“声”がどこからともなく聞こえて来るのは、民間のサラリーマンに責任の一端を押し付けてしまおうとする向きによるものだと言えるかも知れません。
雇用延長の実態。恩恵を受けるのは限られた一部
雇用延長でそれまでの待遇を維持できるなどと言うのは、極めて限られた人でしょう。定年延長で企業には“定年年齢の引き上げ”“定年制の廃止”、または“継続雇用制度の導入”があると言いましたが、ほとんどの企業は“継続雇用制度の導入”を選択します。その理由は“アルバイト並みの給料で済む”からです。年収800万の社員でも、再雇用契約の時に契約を改正することができますから、給料も250万くらい(手取りにすると20万を切ります)することができます。
これだとアルバイトや契約社員とさほど変わりませんし、仕事の内容も変わらなければ、会社にとってはまあ許容できますが、働く側にはピンハネされているような印象を持つ人も少なくないでしょう。しかし、それほど力のない企業では、滅茶苦茶な再雇用契約を持ち出すところも少なくなく、実際にこんな条件であっても再雇用に至るケースもそうあるわけではないのが実態です。
現役リタイアができる人、できない人
シミュレーションですが、60歳で2000万の貯金がある場合、5年間再雇用を受ければ600万くらいの持ち出しで済みます。妻帯者で妻もパートであり、元気であればそのまま2000万を維持することも可能です。しかし問題はそこからです。65歳から20年あるとすれば年金があっても、生活費を削っても2400万以上の出費は覚悟が要ります。しかもその間、病気も、その他の出費も全くなかった場合です。そうなると多くの人が、70歳を過ぎて蓄えがなくなることになります。そう銀行金利がゼロだからです。こんなことはこれまでありません。またこんな銀行制度をこれほど長期間維持している国もありません。2000万の貯蓄があった場合でこれです。もちろん、これはこのシミュレーションと人生の後期を迎えた無辜の人々の幸せという側面は全く考慮しないことを前提のお話です。
こんな中で心配も要らないのは、公務員や兼業農家などの一次産業従事者、会社役員や大企業社員など所謂岩盤規制で守られた人、既得権益者です。そうでない方は、相応の覚悟と対応が不可欠です。定年退職者の現実を雇用延長の点で見てきましたが、心理面の変化も極めて重要です。次回はそれについてお話しします。