迷走する農業政策-見落とされる農家の幸せの観点

一次産業を取り巻く環境に対してこれまで莫大な政策費が投入されてきました。特に農業の衰退(?)が叫ばれてからは益々加速されましたが、残念ながら一向に上向くようには見えません。これに対しては反対意見もあるでしょう。新式機械の購入を促進したり、大手企業を誘致して大型の水耕野菜工場を造るプランなどもあるでしょうし、農業特区を設けたり六次産業化推進を推進したと言うかも知れません。また全国に道の駅を造って農家の収入の増進に役立てているということもあるでしょう。しかしこれは今のところ“資本の注入”に過ぎません。私は先程“残念ながら”と言いましたが、そうこうした資金の流れや地方農業の現場と中央官僚との関係を見ても大同小異としか見えてこないのです。

Reihen von jungen Maispflanzen auf fruchtbarer Erde, leuchtende Farben

概念的な国の政策

農林水産省は以前、食物自給率の割り出すのに世にも珍しい“カロリーベース”と言う数値を持ち出しました。しかも御丁寧にメディアはそのパーセントは報道しましたが、ついぞ“カロリーベース”の異様さについてはほとんど言及するに及びませんでした。すでにこの時には同省がこのあと無茶なことをするかもと訝しく思った方も少なくないでしょう。
案の定この後の農林水産省の方針はあらかたに於いて疑問符がつくものとなり、今に至っていると言えます。もっとも農業政策は全て農林水産省が独占しているわけではありません。関係省庁の利権が複雑に絡むというお決まりの構図はありますが、国民の方向から見れば同じ構図です。しかし、こうした政策に「地方創生」のラベルが貼られて全国に瀰漫してゆけば、取り敢えず予算がついて来るのであるから、言うことを聞いておこうということになるのですが、現場の期待はそれほど高くはありません。

現場が躊躇するのは、こうした国の政策というのはいずれも概念的で、具体的に自分達は何をすればよいのか、またそうすることで、どのような結果になるかが常に不明なのです。にも関わらずプランのようなものは進むのですから地方自治体も混乱します。ここ数年お題目のように唱えられている“六次産業化”が地方創生を加速するようなことはないことは多くの現場では感じられているのではないでしょうか。またそんな現場でも、なんでもかんでも補助金で賄う今の制度については、“貰えるものは貰うが、それが地方創生には繋がらない”と明言するなどという傾向は少なくありません。

農業特区で何を検証しようというのか

2015年兵庫県養父市が農業特区に指定されました。以後現場を上げて真剣な取り組みがされています。しかし私は最初にこの計画を見たときとても違和感を感じたものです。それは組織が“規制改革等を推進する為に、内閣府、及び養父市による共同事務局設置する”とされていたことです。しかもこの共同事務局は“「国家戦略特区ワーキンググループ」なるものと密接に連携するものであり、関係者は必要に応じ、参画できるもの”なる項目が付加されています。圧倒的な数と権威でバランスを欠いているような印象はあります。また、このワーキンググループの事務局長には、㈱サキコーポレーションの社長が指名されていました。この企業を選択したことでどのような利点があるかは俄かには分かりませんが、言えることは、この組織のレーゾンデートルははっきり見えてきます。このような組織で導き出される成果が、これからの日本の農業問題を解決できると国は本気で考えているのだとしたら、それは大きな勘違いだと言わねばなりません。少なくとも養父市や最も大切な農家の方にとってもは役に立つとか言う次元とは別のものかも知れません。

地方の足を引っ張る野党の愚

このような環境ではありますが、現状養父市の広瀬栄市長の奮闘は特筆すべきでしょう。しかしその努力に水を指すことが、奇しくも国会で起こりました。衆院の地方再生に関する特別委員会では、国家戦略特区法の改正案として、特区内の派遣労働に限って外国人の農業就労を認められたのですが、衆院本会議での採決は見送られました。あの「加計学園問題」という、はっきり言って野党が安倍内閣の評判を落とす為だけに捏造された問題です。こんなことで、大切な日本の農業問題の僅かな進展すら妨害する国会議員とはいったい何なのか強い憤りを感じます。
補足として現在、養父市が取り組んだ規制改革の初期メニュー5つは、①農業委員会と市の事務分担の見直し。②「農業生産法人の要件緩和」。③「農家レストランの農用地区域内設置容認」。④「農業への信用保証制度の適用」。⑤「古民家の宿泊事業の特例」ですが、②と③は未着手となっています。

農家が補助金から解放されても幸せに働けるために

日本の農業創生には様々な視点がありますが、畢竟農家自身が自ら自立することが重要なのではないかと思います。日本政府がこれからも以前のように補助金を注ぎ込んで行くことは厳しいでしょう。であれば補助金漬けから解放された自主独立で採算がとれる環境と技術を構築する必要があります。また日々、楽しく働ける、或いは若者も仕事として生活ができる為に安定した収入を確保する必要もなければいけません。そうした観点からの政策構築は絶対に必要なのです。
これからも様々な行政を通じた政策は行われるでしょう。しかし、官僚の組織の安泰を目的としたものは、間を空けず瓦解することは、毎回繰り返されることです。予算を如何に使うか、役所の権限を如何に高めるか。そのような観点から離れて国民生活の幸せをコンセプトにする時代は来るのでしょうか。

-次世代農業
-,

© 2021 明日を読む