バブル期の80年代にも瀰漫していた、戦後日本人に取りついていた“貧困感”とその理由

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外国人ジャーナリストがみた、夢のような80年代日本の豊かな生活

若い方を対象の研修をすることが多いのだが、その中でよく使う資料が80年代後半の外国のジャーナリストが書いた“日本人の衣食住”に関するレポートだ。西ドイツ(当時、ドイツは東西に分裂した別国家だったのだが)のジャーナリストは「今の日本人は世界一豊かだ。特に日本の典型的一般庶民の豊かで贅沢な生活感覚は驚嘆すべき奇跡だ」と述べている。

そこには「一般的庶民の日本の女性は結婚する時に和服一式150万円くらいの和服を揃えるが、そのくらいのものなら日本人の女性のほとんどは持っている。派手なアメリカの女性でも毛皮のコートを持ってはいるが、その平均価格は50~60万円くらいで、しかも全体の2割以下である」とか「東京の庶民の半分以上は自分の家を持っていて、そのほとんどは7500万~1億5000万円くらい、アメリカでもそれくらい出せば豪邸に住めるが、庶民には手が出るものではない」などと書かれている。そう言えば筆者もこの数十年、外国から来た人と銀座などに食事に連れて行って、その支払いに5万も6万(一人当たりだが当然会社経費だ)も使うと、彼らはそんな価格の飲食店(料亭や高級レストランだが)がゴロゴロあることに驚愕したものだ。

しかしそんな時期でも、その庶民である日本人は自分達の貧困感を持っていた。形の悪い野菜や果物はサッサと廃棄する生活を送っていながら、日本人はウサギ小屋に住んでいるというような言葉を無邪気に信じていた。

敗戦による世界最貧国経験から始まった哀しい感覚

その原因は日本人が持つ戦後的な特殊性にある。戦後的な特殊性とは戦後の80年の間の時期に広がった感覚で、太平洋戦争の敗戦による貧困と直後から始まった高度経済成長という異常な状況下で広まった感覚である。それにはいくつかの要因があるが、ここでは「物財の量的な増大こそ幸福に繋がる」と信じて疑わない感覚である。詳細は別の時に述べるとして、この感覚か「豊富にものを持ち、それを消費することがカッコ良い。だから裕福と言える生活をしているようにみえても、自分達のほんとうの姿は最貧国民だ」という哀しい感覚を持つに至ったわけだ。

しかしこのような考えは、今の若い人たちにはおおよそ理解されない。彼らの多くは1食数万円の食事を出す料亭とは縁はなく、「断捨離しました」とばかり、ものを持つこと自体、カッコよいとは考えはしない。それは経済成長とは縁のない世代の“現状を満足することを肯定”しなければ生活できない哀しい感覚なのかもしれない。だからこそ、これからの世代は日本人の持つ歴史的で不変的特色を理解し、戦後的な特殊性を持った刹那の感覚がなんであるかを理解する必要がある。その上で、これから生きて行く中で、何を捨てて、何を残すか…。つまり生活規範の断捨離が必要となってくるだろう。それについては、順次、このブログでお話ししてゆきます。

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