“当たり前”を積み重ねてきた歴史を持つことのありがたさ。

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先日、テレビ番組で二人のイギリス人の女性調理師が日本に食べ物行脚に来られた話が紹介されていました。彼女たちは計5日の滞在期間、様々な日本の食べ物を堪能していたのですが、大変印象的だったのは最終日、お好み焼き店に行った時の光景でした。彼女たちはお好み焼きの美味しさを堪能すると同時に、丁寧に焼き上げる店主の寡黙な姿に、料理に対する愛情を感じたようでした。
確かに改めて考えるとお好み焼きとは大変味の深いものですので、それが“美味しい料理”だと言うのは理解できますが、それを作る人への関心と言うのは考えたことがありませんでした。おそらく当の本人も、その1枚を心を込めて作っていたわけではないかも知れません。月々追われる金利の返済を気にしていたのかも知れません。或いは撮影のスタッフにもお好み焼きの2~3枚、サービスしたほうが良いか考えていたのかも知れません。しかし、間違いない事は、自分の生業に深く感動してくれる人がいたことで、自分の仕事を見直し、これからの仕事は別次元に高められて行くのだと言う事です。


私達は得てして、当たり前と感じる事には注意を払わなくなっています。当たり前すぎることだけに、それを文字に遺そうとする発想すら生まれません。感動はやがて忘れ去られて行くことになり、畢竟何らかの目的があって書き残されたものが、歴史の資料となります。しかし時と共に忘れ去られた当たり前の姿にこそ私達の本当の姿が刻まれています。

互いを信頼し合った社会

外国の方と話していると、私達にとってそれほど意識をしていないことについて褒められることがよくあります。例えば電車でも整然と並んで順番を待つなどがそうです。それに対して“日本では昔はそれほどの秩序はなかった”と言う方が必ずおられます。その方が昔、何処でどのような環境で、どのように暮らしていたかは知りませんが、そうだとしてもそれはかなりの例外であって、日本では遥か昔から秩序を乱すことを良しとしない社会を築き上げてきました。そのようなことは何も昔の資料を捏ね繰り回さなくても、自分の父母や祖父からどのような躾をされてきたかを考えれば分かる事です。

“村八分”という仕組みに見る、厳しさと寛容

これは日本が農耕社会であったと言う事も一因だと言えます。今でも今でもアジアでも豊かな穀倉地帯であるタイなどにも日本と同じ穏やかで秩序ある社会があったことが伺い知れます。東アジアを北から南下しても、レストランなどでも笑顔で迎えてくれるのはタイくらいでしょう。そう言えばタイには“飢餓”に当たる言葉が存在しないと聞いたことがあります。
しかし日本ほど、秩序を大切にした国はほとんど見られなかったかも知れません。これは推測するに、日本には神道の影響で自然に活かされる、万物に魂があるとの思想が古くからあり、そこで暮らす民は自然を受け入れてきたことや、日本が湿気の高い地域であったことで、共通の知恵や知識、力が必要となり、集団でそうした苦難に立ち向かおうとすることを重視したのかも知れません。
村八分ということがあります。これは集落の中で秩序を乱したものがいたら、村人通しとしての付き合いを止めようということです。ただ、火事と葬式だけは別だと言うのが残りの二分です。しかしこれにもたいへん寛容な救済処置が用意されていて、古くは“笑い講”といって村八分をされた村人が改心すれば、皆の前で自身を笑い飛ばすことで許してやろうとする習わしでした。世が世知が無くなるとこの習わしもなくなり、陰湿なイジメだけが残ってしまったこともありますが、その影響か今でも農村では、そもそも村八分が出ないよう助け合いの精神があります。

“助け合い”や“信頼”を根幹とした社会を、そうした風習のない諸外国からは美しく見えます。そしてその美しい風習を私達の祖先は発展させてきました。職人の世界では、誰がどこから見ても役に立つ、優れたものを造るようになりました。農家では品種改良を繰り返して、少しでも美味しいものを造るために寝食を忘れるようになりました。商店で買い物をしてもお店を信頼して釣銭を数えないことが普通な社会。私達はそんな国に産まれ育ったのです。

“善政”がその根幹となった

しかし、そんな環境はなにも日本だけではなかったかも知れません。私は日本人がそのような考えを自然に受け入れるようになった背景には、日本の為政者の善政が関わっていると考えます。どこの国でも為政者はその権威と権力を手中にします。ところが日本では為政者が、この2つを持つのは良くないと考えてきました。そしてなにより“民の幸せ”を祈り、実現することが為政者の使命だと、為政者が考えてきました。仁徳天皇は民の家々から竈の煙りが上がっていないのを見て、自らの冨を全て投げ出しました。3年後、家々から煙が上がるのを見て「自分は冨がある(リッチだってことですね)」と言われた。民の幸せが自らの冨だと考える為政者を持ったからこそ、民は為政者に恩返しをしようと考えます。こんな素敵な歴史を持っているから、私達の“当たり前なこと”には、大変な価値があるのかも知れません。

こう言うと、そんな話は創作だと水を差す方もいます。しかしいくらこれを否定しても、日本の歴史をみると為政者は常に民の幸せを祈り、実行してきた例しかみられないのです。特に戦後は逆転現象が起きてきていて、企業や役所、政界などでも“我が上”的な態度が主流となってきているのは大変残念です。“雇ってやっている”とか“俺たちは選ばれたから、良い待遇で当然”がのさばってきた今こそ、私達は“当たり前”を想いだす時でしょう。
日本の皇室では歴代を通して民の事を「大御宝(おおみたから)」と言ってきました。これが日本を支える考え方なのでしょう。だからこそ私達は“当たり前”に恩恵を受けて日々生活をしています。この積み重ねが日本と言う国の根幹であれば、私達の国の将来は決して暗雲漂うものではありません。しかし時折、その意味や価値を改めて感謝すると同時に、それでは今何が根幹から外れたことかを再認識することが大切なのでしょう。

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