念頭に想う 2019年は20世紀のカタをつけることができるか

人類にとって20世紀とか21世紀などの100年の区切りは、あまり影響がないという意見があります。確かに時間の方向性から言うとそうなのかも知れませんが歴史を見ていると、やはり100年ごとの区切りは人々の考えや時代の変遷に大きな影響を与えていると言わざるを得ません。

しかし、ではその時代のパラダイムは、きっちりと100年区切りかと言われると、そこには少しの余白が残されます。例えば19世紀から20世紀への時代の区切りは、19世紀末の西洋文化が最高の輝きをみせた、いわゆるレザンネミルサンヌフと呼ばれた時代の終焉後と言えるので、第一次世界大戦に続く1910年~1914年とするのが妥当だと言えます。

では、20世紀から21世紀への区切りはいつになるのか。これは西洋文化を基準にしてきたそれまでの世界の歴史では語れません。20世紀の世界の歴史は、世界のプレイヤーに日本と言う国が強烈に参画したという事実を抜きには語れません。これは日本の事柄が世界に大きな影響を与えるようになったことを意味しています。その上で未だ20世紀の精算ができていない世界が、21世紀に移行する重要なファクターは2019年の日本にあるのではないかと自薦したいと思います。

日本が世界の21世紀のパラダイムの構築に大きな影響を与える時

だからと言って、日本が世界の中心となっているとは言い難いことは事実です。これまでの世界の世紀の変遷がそうであったように、21世紀への移行は、日本と言う国が地を這うがごとく苦しい状況の中で、いかに行動することを決めるかによって判断されるのではないかと考えます。

今世界はアメリカの保護主義と米中の軋轢の中にあるとメディア的には言われていますが、これは明らかな間違いです。メディアが常に間違うと言うのも変わらない事実であるのと同じように、世界が数多の深刻な問題に対して、的確な判断をしているという事実が、曇った目からは歪んだパラダイムに見えると言うのも事実でしょう。

正しいスタンスで見れば、アメリカのトランプ大統領という稀有な現実派の世界のトップと、それと表面的には対立しているように見えても、その深い部分では共有している世界の指導者が、21世紀への全パラダイムへの移行に尽力しているのですが、その中心部分に日本の安倍総理が位置しているのも事実だと言えるでしょう。

それは日本が100年前の世界情勢で、若干の間違いを犯した反省から一世紀ぶりに表舞台に返り咲く時でもあるのかも知れません。私は冒頭に“2019年は20世紀のカタをつけることができるか”という問いをかけました。その解答のひとつが北方領土問題であり、対北朝、対韓、対中問題でもあるでしょう。少子高齢化や原発等ももちろん消費税もそうでしょう。それだけではなく、文字通り世界の問題にも関わる必要がありますが、これまでと違うのは日本がまともな国として世界から当にされ始めているという事です。

私たち国民は20世紀の後ろ半分、いわゆる戦後の時代の軽々しい気分を捨てて、自らが世界のプレイヤーとして20世紀のカタをつけることができるか。それが世界が20世紀から21世紀に移行できるかにかかっている、或いはそれに極めて多大な影響を与える事ができることを認識すべきでしょう。

2019年は日本では、新しい天皇陛下が誕生します。新天皇陛下の“祈り”は比肩するものがないとも言われています。新しい年に真の21世紀を迎えよう。それが2019年の課題と言えるのではないでしょうか。

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