躙り口と掃除 私の心を磨いてくれる細やかな瞬間

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陽は昇る 私的日録
日々の移ろい・感受した
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織田信長や豊臣秀吉など戦国武将は盛んに茶室を使って、頭の整理や心の安定を図っていたようですが、それには茶道が持つ様々な”装置”が影響しているように思います。私が茶室で気に入っているのは”躙り口”。茶室に入る時に潜る、極めて小さな入口です。

入るときには、まるで土下座でもするように体を窄めますし、出るときも特殊なポーズが求められますが、ここを潜る過程の中で、自身に”謙虚”だとか、”自省”を見直すことになります。僅かな時間ですが、その中で小さな再生を果たしている、そう感じます。

しかし、自宅には茶室はありませんので、毎日のようにこれを感じることはできません。そんな生活の中で、同じような効果があると感じるのは”掃除”の時です。私は可能な限り、自宅の浴室や洗面所などを清掃します。それも湯舟だけでなく、浴室の十和田石をつかった洗い場や漆喰の壁面などを徹底的に洗います。洗面所の蛇口にこびりついた汚れを一心不乱にふき取っている瞬間などでは、他のことを考えず身も心も洗われたような気持になります。

”掃除”は私の生活のなかの”躙り口”のようなものだと、つくづく感じられるのは、そこに共通性を感じるからだと思います。束子で洗い場を洗っていても、洗面所を拭いているときも、その姿勢は半ば躙り口のそれを酷似しているのかも知れませんが、心のゆとりやある程度、時間的猶予も必要なところも共通しているかも知れません。

 

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