「勝ち組だと思っている人ほど知らない、現実社会の厳しさ」
例えば知識基盤社会としてのSociety5.0や Knowledge3.0について説明できる方は少なくないと思います。その扱い方については、“大まかなルールは知っていても、実行はする段階ではない”というのが現実である場合が主でしょう。この傾向はほかでも同じです。何となく全体像は分かるのだが、個々についての経験や正確なイメージは、勝ち組だと言われる大きな企業の方ほど持っていません。あなたが定年退職を持って迎える“BR(before retirement)”と“AR(after retirement)”は、全く別の光景となることを理解する必要があります。そのキーワードは「あなたは会社では一人前だったが、実社会では無能であると考える」ということです。
ある人物を例にとります。彼は現在64歳で縁あって私のスタッフを務めてもらっている客観的にみて優秀な方ですが、「定年退職後、これほど厳しい現実があるとは思わなかった」と言われている方で、その経験談です。
彼は誰もが知る大手企業に入社し、無事勤め上げて定年退職しました。30歳代後半には家も建て、2人の子供も大学を出し独り立ちさせました。退職間際に会社の業績の悪化が表面化して、減額されはしましたが退職金もあって、貯金も65歳からもらう予定の年金も、過剰な贅沢を言わなければよいくらいは確保していました。また退職後には、生活が一変するとのアドバイスも受けていましたので、その辺りの準備も充分考えていたと言います。
すべてが聞いていた話とは違う感覚
しかし、実際定年を迎えた後は家庭環境が大きく変わったと言います。退職後は奥様と月1回くらいは一緒に旅行にでもと考えていたのですが、奥様はもう夫の面倒を見なくてよいので、友達とよく外出するようになりました。ご主人はこれまで食事など作ったことがなかったので、近所で外食や、コンビニ弁当が多くなりました。日中も家にいると煙たがられるのでショッピングモールのベンチで時間を潰す毎日を送ります。
最初、地域ボランティアと考えていたようで、市役所や県庁に申請にも行きましたが、定年退職のボランティアは、簡単に休んだりするので不向きとの判断で、今は受け付けないか、厳しい出勤規定が課せられていたので諦めました。次には、会社時代の友人や部下、取引先などに連絡をして、食事に行こうと考えました。一度は約束できましたが、会社の看板のない彼には会社関係の誰も耳を貸しません。
銀行に言われるままに株式投資としてみましたが、少し大きな穴を空けることになり家庭内争議まで発展した挙句、まだまだできると働きにでることになりました。人材派遣会社などを通しましたが、大手企業の幹部経験者ほど使えない人材はありません。数カ月、断わり続けられ最後は「STC」に行き着きました。
高齢者が辿り着く「STC」とは
「STC」とは、定年退職者が行き着く仕事で、警備・管理人(security)・タクシー運転手(Taxi Driver)・清掃(cleaning)を意味します。時間や仕事は厳しく、手取りは12~14万。彼のようなキャリアの人間が選ぶような仕事ではありませんでしたが、今の日本では定年退職した後に、まともな仕事はありません。政府は再雇用だとか、70歳まで働ける環境整備とか言いますが、市場は定年退職者に普通の賃金を払う気はありません。彼のように金銭的に恵まれた退職者でもそうなのですから、老後資金に苦しい状況の退職者は厳しい貧困状況に解決法はないのが偽らざる現実です。
彼の場合、それでも家に近いショッピングモールで清掃を選択しましたが、家人からは体裁が悪いと言われ、また現場の同僚が、これまで自分が接してきた人とは全く違うストレスがあり、半年で辞めました。この時点で約1年が経過していましたが、この頃になると、広い交友範囲を持っていたにも関わらず、その頃には孤独に苛まれたようです。
彼が当社に来たのは、彼がドイツ語ができたことが直接の理由。当時ドイツ製機器の業務マニュアルの翻訳が必要となった際、人の紹介で2カ月、アルバイト技能者で仕事を依頼したことから始まりました。引き続きアルバイトでもよいから仕事を続けたいとの申し出があり、3ヶ月の研修期間を設けて来ていただきました。
大手企業の幹部なのに、社会では全く役に立たない現実
しかし、大手企業の役職を持った方はなかなか一般社会では使えないもので、まず経理が分からない。計数管理は仕事上、理解していたのがまだマシでしたが、計数の活かし方は素人同然でした。営業についても、年齢のこともあるのですが、モノにならない時期が続きました。なぜなら基本的に今の時代には完全に取り残された知識しかなく、IT知識やガジェットの扱い、ビジネス用語や新しい考え方など今の企業が必要なスキルが完全に欠落していました。これなどは大手企業では“若い者”に丸投げしていた部分だったのだと思います。最も困ったのは新しい知識やメソッドを吸収する意欲に欠けたことと持っている知識や知恵が、ずいぶん以前のことで使い物にならなかったことでした。
管理職はもう不要な時代です。オーケストラ型の仕組みで明確な目的を持って、個々が具体的な指示がなくても最適化した仕事を進めなければモノにはなりません。これまでも、同じような境遇の能力の高い方が何人かおられました。彼が他の方と一つ違ったのは、他の方のように自分を諦めなかったことでした。とは言え、彼が普通の人と同じレベルに昇華できるかはまだ分かりません。
「軽く考えてはいけない”心の4K問題”」とは