人間の方が組織より長生きの時代の処方箋  第二の人生をどう生きるか 

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“楽観論”? “悲観論”? 人口減少でも繁栄は可能か

世界は今、日本が近々迎える“少子高齢化社会”の末路を固唾を飲んで見守っています。それほど、人口の減少がその国に与えるインパクトは大きいと言えます。しかし、果たして人口の減少は悲劇の入口なのか。その問いには様々な答えがあります。

堺屋太一氏は、イタリアのルネッサンス期を例に「人口が減少したからこそ開花した」(「平成三十年への警告」(朝日新聞社))と主張しました。この「人口が減ると一人当たりの社会資本にかかるウェイトも減るので、ライフクオリティの転換が可能である」という論については、ルネッサンス前のイタリアでは黒死病や長期の気候の寒冷化で、若い人が多く残る人口構成に変化したので、今の日本とは環境が全く違うという論拠で否定する声も聞かれます。

ルネッサンス期の人口構成の変化については、若干理解に齟齬もあるので、論拠に問題はあるとは言え、大筋ではひとつの論として傾聴には値します。しかし、楽観論者のご意見が決して“何もしなくても”という前提ではなく、むしろ“時代の潮流に的確に対応できれば”という条件が付きます。どのような状況下であても“パラダイム”が変れば、時代に的確に適合しなければ、生きてゆけないことは変わりません。

これからの時代の高齢者が、肝に銘じなければならない重要な考え方

この“パラダイムが変れば、時代に的確に適合しなければ、生きてゆけない”というのは国も個人も同じです。このブログでは再三お伝えしましたが、戦後の日本は、敗戦による最貧困国から脱する為に、全国民が規格大量生産社会に適合した金太郎飴人間の大量増産にマッチした社会組織を創りました。その後、冷戦構造の崩壊や、グローバル経済、IT社会化など、異質な環境の変化も相まって、日本は時代のパラダイムは変化したにも関わらず、政治や社会、なにより国民の意識はまだ旧態依然ままという“不思議な国体”を持つことになりました。

さてその“不思議な国体”を高齢者の環境で表すと、個人の能力に関係なく、「就職して定年退職をするまでの労働、社会環境だけでなく、定年退職やそれ以降の金銭的環境に過剰に恵まれた団塊の世代周辺」と「これから定年退職を迎える世代以降の、社会的にも経済的にも三等国となってしまった世代」が両極に位置し、真ん中のない国体を意味します。

そうした“夢も希望もないこれからの中高年世代”が、定年退職を迎え、“第二の人生”を迎えようとするとき、団塊の世代を参考にすることはできません。前述したように、この両者は全く違う世界の住人だからです。

「時代に合った生き方への転換」こそが、新たな時代へのパスポート

これからの時代に必要な考え方とは「自分がどう考え、どう行動するか」ではなく、「時代の変化と等身大の自分に合った生き方を見つけ出し、客観的視点で的確に転換する」ことです。それは社会の仕組みとして楽しみや喜びに関心を向けることなく、ひたすら知的単純労働をしたご褒美として老後の安定を約束された時代から、誰も守ってくれない社会の中で、様々な可能性を自ら見出すことで、成功をもぎ取ることができる時代へと変換したことであり、そのような時代では安定した老後を手にした人たちの経験や考えなどは全く役に立たなくなっていることを意味します。その意味では70年前の戦後が再来したことと同じ意味があるといえるでしょう。

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人間の方が組織より長生き…第二の人生をどう生きるか

これからの時代は、これまでのすべての常識が通用しなくなっています。例えば、人間のほうが組織より長生きする時代です。つまり、スキルがなくても会社という村社会に所属すればよかった人々の行動規範は全く役に立たなくなっています。
また、職種(スキル)が仕事の核となれば、20歳くらいから60歳までの40年の間、同じ職種の仕事をつづけなければならないことになります。普通はどのような仕事でも45歳くらいでピークを迎え、これといって学ぶことはなくなりますので、さすがにこれは長すぎ、面白さもなくなり惰性に流されることになります。

さて45歳でピークを迎えるという規範はこれまでの日本にはありません。この年代は“油の乗り切った”年代と言われていたからです。これはこれまでの仕事は完全な知識労働者でなかったことを意味しますが、これからは知識労働者が基本となりますので、彼ら…つまりこれからの世代には、“新たな人生プラン”が必要となります。

第二の人生に必要なのは「パラレルキャリア」「篤志家」というライフスタイル

「パラレルキャリア」とはP.F.ドラッガーの著書にもでてくるスタイルで、これは「本業を持ちながら第二のキャリアを築くこと」を意味し、副業とは全く違った考え方です。また「篤志家」というのも同様です。篤志という言葉は聞きなれないものですが、「一定の経済力を持ち、私財を投じて社会福祉や慈善事業を支援する」ような意味合いで、これもボランティアとは違った考えです。

いずれもこれまでの人生レールのように学生時代は社会とは違った世界で学問やスポーツなどに費やし、就職してから社会と関わるというものではありません。戦後の日本にはなかった“可能な限り若いうちから社会と関わり、実績を出すようなライフスタイル”が求められます。
この考えでは、全員が成功することはありません。それどころか、現在の発想では、こんなライフスタイルは、よほど早く社会的な成功者となったものでないと実現できるものではないと考えるものでしょう。しかし、これが来るべき時代に必要な考え方なのです。

社会に出てから、或いは出る前から、社会的地位を確保できるキャリアを意識して、結果を出し続け、40歳半ば~50歳でこの境地に辿り着くこと、それが新たなライフスタイルではあるのですが、それでは今“第二の人生”を迎える60歳はどうすればよいのでしょうか。

それは今が40歳と考え、頼ることなくセルフアントレプレナー(自己起業家)を目指すことです。そこには定年退職や定年後再雇用という文字はありません。単に働き続けるだけでなく、起業する才覚が必要になります。そんな厳しい時代は誰も望まないと言うのかも知れません。しかし望む、望まざるに関わらず、団塊と団塊ジュニアに挟まれた、これから10年の間に定年を迎える層は、この厳しい時代を迎えざるを得ないのです。

“変化を楽しみ、頭も体を動かし、チャレンジし続ける”のが、これから10年の定年トレンドだ

しかしこれも、必ずしも悪い事でもありません。これまでの定年退職者は、よほどの人でない限り、50歳~60歳まで、健康面でも精神面でも、また頭脳面でも終焉を迎えるような生き方になっています。自分で思うほど頭脳も体力もなく、新しいものに対するチャレンジ精神も枯渇するようなライフスタイルになっています。

これからのこの年代層は、50歳になれば、遅れはしていてもパラレルキャリアや篤志家スピリットを持って60歳までの坂を上るチャレンジ精神と体力を持つ気概が不可欠になります。それなしに60歳を迎えることはできないという10年になるでしょう。多少の退職金や企業年金なども入ってくるでしょうが、起業するとなれば、その蓄えにTSC(Taxi、Security、Cleaning、60歳以降に遺された3大仕事)を足しながら、年金を待つのでは、いずれ情弱(情報弱者)に陥り、蓄えも消滅することになるのだと言えるでしょう。

今、50歳~60歳までの層に属する方は、1日も早く、その点に気づき、スタートを切ることが不可避である。それがこの10年の定年予備軍のトレンドになってゆくのです。

定年退職後、仕事を探す時に遭遇すること。知らなければならないこと。

このブログでは定年退職者や退職直前にやむを得ず退職を余儀なくされた方の、その後の身の振り方に関する記事を多く掲載してきました。今回は、では実際に60歳前後で仕事を探そうとしたときに遭遇する現実問題と、 …

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