岡本太郎ミュージアムと河井寛次郎記念館。その根底にある共通の芸術表現。

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今日は7月くらいの暑さとかで都内でも30度を越えたようだ。朝から青山の岡本太郎ミュージアムを覗く。岡本太郎氏がどれほど特異な感覚を持っていたか。芸術家は有名になると、誰もが褒めちぎるが、その功績を正確に把握する人は少ない。岡本太郎氏もそうで、1970年の大阪万博の際のお祭り広場の構成問題で大屋根を担当した丹下健三氏と、太陽の塔を担当した岡本太郎氏が胸倉を掴みながら激論した話は有名です。それほど熱い情熱が高いクオリティが生まれるときの摩擦熱なのでしょう。さて現在に置き換えれば、そのような暑さを我々は残しているのか。

また、縄文美の探求についても同様でした。子供の頃、岡本氏と言えば私達のヒーローでした。万博の影響で有名でもありましたし、「芸術は爆発だ!」のCMで見ない日はないほどの人気でしたが、その岡本氏がずっと以前から縄文の美について多くの文献を残しているのを知って図書館(当時はネットなんてないですから)に通ったものです。縄文の表現を称賛するその文章には、大いなる畏敬の念が刻まれているように思い、私達の世代で縄文への興味を持ったものは少なくなかったかと思います。

 

こうした天才的な能力を手放しで賛美するのは悪い事ではありません。芸術とは常にそのようなものです。ただその芸術が本物か、偽物かはその人がむしろ亡くなった後に現れるものです。生前は絶賛されていたのに、死後には作品の価値も下落し、その後は誰も気にしなくなるパターンはだれとはいいませんがよくあるパターンでそれは偽物。岡本太郎氏の輝きが死後に益々輝いている、或いはまだこれから輝きが更に増すと思えるのは、紛れもなく岡本氏がほんものであり、その軌跡が、この岡本太郎ミュージアムに並んでいます。

午前中、青山のミュージアムを出て新幹線で京都へ。駅でおやつに阿闍梨餅を購入してタクシー乗り場へ。実は岡本太郎氏の作業場やこまごまとした仕事を見ていて強くイメージしたのは、他ならぬ河井寛次郎でした。もちろんその確認のため…だけではありませんが、駅からタクシーで15分。多少の渋滞の中で五条坂へ。目指すは河井寛次郎記念館。

ここは岡本太郎氏が洋なら、河井寛次郎氏は和の佇まいをもつ記念館。いつ来ても時を忘れるほど心が癒される思い。実はこの近くには、私のお気に入りの焼き物の店があり、センスのよい器や小物を買い求めることができるので、ルートになっている場でもあります。

でも、朝から岡本太郎氏の作品を観て来たばかりの私の目には、両者の根底にある同じフィロソフィーを感じます。造形の表現の方向性は違っていても、物事の本質を咀嚼して自らの表現に昇華させる感性には唯々深く感じ入るばかりです。また既成観念にとらわれない題材の起用方法についても、人生の参考にすらできるものだと思います。

おっと、私も岡本氏、河井氏というだけで手放しで賛美を送ってしまっていますね。

 

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