21世紀の日本型社会は「仕事を2つ以上持つ」ことから始まる

会社関係に呼ばれて講演をするとき、よく「21世紀の日本式経営とは」とか「これからの時代」についてテーマを設定されることがあります。講演というのは、呼んでくれた企業や団体が言ってほしいことを忖度して話の中に盛り込むのが、また呼んでもらうためのコツでもあり、時に大変困ることがあります。なぜなら、私の本音の中に、「本当にこれからの時代を生きて行こうというなら、若手社員の頃から“仕事は2つ以上持た”なくてはならない人が大勢いる」と言うのがあり、これは企業のあまり触れてほしくないイッシューだからです。
“二つ目の仕事”という言い方もします。それは確かに仕事を2つ以上持つのがよいのでしょうが、現実問題として、二つ目も持てないとか、そもそも一つ目がすら満足に得られない現実の前には何おか言わんやでしょう。

二つ目の仕事が必要になってくる理由と日本の社会構造の崩壊

最初に言っておきたいのは、私達が信じてきた“戦後日本の社会の成長構造”はすでに終わり、其処此処から崩壊し始めているということです。近代において日本社会は2度、それまでの社会の成長構造の崩壊を経験してきました。
1度目は明治維新。徳川幕府による安定成長の時代と高度に発展した文武社会の時代が終わり、当時はその原因の重要なファクターとして仏教文化がやり玉にあげられ、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れました。
2度目は第二次世界大戦。明治、大正期の世界の一流国となり、その集大成としての大正デモクラシーの時代が終わり、その原因を当時は戦前の日本文化と国家神道にありと考えられ、戦前文化の全否定が行われました。ところが、この2度の変革もほぼ70年しか持たず、今日本は戦後の高度経済成長下の日本式経営の否定を反省点として、3度目の“70年”の入口にたっています。

しかし、いずれの時代でもあった、変革直後のノスタルジーとでも言うべき回顧主義もあり、まだその第一歩を踏み出せているとは言えませんが、あと2~3年もすれば、今とは異質な社会文化がうまれているのだと思います。その1丁目1番地的なものが“二つ目の仕事”です。
“二つ目の仕事”とは簡単に言うと、“二つ、仕事を持とう”ということです。とは言え、2つの会社に就職できたとしても勤務時間の関係で、両方を掛け持ちすることは物理的に不可能なので、当然職種や責任量、職務内容の違ったものを二つ持つことになります。
例えば日中は事務の仕事を9時~5時でこなして、そのあと午後18時~21時まで、自宅で書道教室を行うなどのやり方です。こうしておけば、事務の会社が左前になったとしても、しばらくは書道で喰い繋げられますし、その間の人脈は事務でのそれとは違って来るので、社会も広くなります。
日本の企業は戦後スタイルの“社員の生活は家族も含めて、その幸せに責任を持つ”とか“年功序列給与体制と豊かな退職金”と“60歳からの年金支給”で、安心安定であることをとっくの昔に諦めていますから、仕事を定時でさっさと切り上げて自らの喰いっぷちを稼ごうとする社員に口出しはできない、そうなるほど日本社会は、年金などの制度は、そして、なにより社会構造は崩壊し始めているのです。

二つ目の仕事で最も困る民間企業を横目に、公務員だけが我が世の春を満喫する社会

日本では、特に労働人口の激減を受けて、多くの人が働いてもらう体制創りが盛んに叫ばれています。だから今後益々。“60歳~65歳はまだ若い。だからしっかり働こう”キャンペーンが続くのでしょう。
対する日本の民間企業は、こうした流れには慎重です。それもそのはずで、経営能力に乏しくなっているほとんどの企業は、従業員のサービスを含めた残業で成り立っていますので、可能な限り一旦出社したら残業してもらいたいと考えています。
また、今後、“働き方を換えよう”と旗をふっている役所も、定年延長や二つ目の仕事をは自分達の特になることだらけなので、民間企業が受け入れないなどはお構えなしで、自分達の“権利”を広げて行こうとします。
例えば、数年もしないうちに、市役所や私達がよく知らない“あれも公務員”と言う人達は、今は禁止されている副業を解禁されて行くことになるでしょう。特に地方では労働力の不足が深刻だと言われているからです。しかし地域にとって、公務員が民間に交って副業に走るということは、圧倒的に有利でしょう。なぜなら役所は、市民が絶対知り得ないような情報を普通に持っているのですから、これは間違いなく汚職の温床になって行くでしょう。いくら厳しい枠を設けても簡単になし崩しになり、かくして“働き方改革”も“副業の解禁”も、すべて公務員ばかりが優遇されていく、いわば新たな既得権益者の増産に直結するのですから、畢竟自分達が得をする改革として、我が世の春を満喫して行くのです。

民間企業従事者の“二つ目の仕事”の持ち方

多くの民間企業は、役所のように予算申請すれば簡単に人員が増やせるわけではありません。普通はぎりぎりまで人員を減らされますから、それでなくてもオーバーワークになります。また、二つ目の仕事を持てば、現状の仕事がおろそかになりはしないかなどと日本人の勤勉さを逆手にとって、なんとかこの流れを止めようとしますが、では社員の生活や将来に責任を持つのかと言われれば、とっくに退職金制度も年功序列の給与体制も銀行に言われるままに変更していて、そのような気は毛頭ないのが現実です。

私は約30年前のことを思い出します。その頃、世界は資本主義体制の西側陣営と社会主義・共産主義を標榜する東側陣営とに分かれて熾烈な勢力拡大を図って、静かな“第三次世界大戦”の只中でしたが、両陣営、特に東側諸国では、そのイデオロギーを高める為、西側諸国に亡命しようとする人たちを許しませんでした。国境では西側に逃亡しようとする無数の人達が機関銃の露と消えました。そこまでして国民の流出を止めたのですが、あの東側諸国の国家体制の崩壊の際は、もうだれが逃げようとしても“止まれ”の一言も発しようとはしませんでした。それと同じことが今、日本で、特に中小企業で起きています。

ではこれからの日本で、二つ目の仕事を持つにはどうすればいいのか。それはドライな時間管理と戦後の職業倫理を捨てる事です。若いうちから自分は9時~17時までの労働力を提供することで収入を得ているのだという事に徹することです。例えば17時になったが、明日でも構わないような業務が残っている場合、上司に残業を指示されても、「私はオフですから、帰ります」と言える感覚を持つことです。

実はこれは日本人は全くできません。どれだけ人員を減らされていても、仕事量を増やされていても、自分には仕事に対する責任があるとして絶対帰らないのが日本の仕事の文化だという人もいます。しかしこれは全くの嘘です。長い日本の歴史の中で、戦後僅か30~40年の間の珍事に過ぎません。その間、日本では仕事ではなく、会社に就職する形がありました。会社に属してそこに絶対なる忠誠を図れば、家族共々生涯の生活と退職後の幸せを保証する。その事に対する代償として、この体制が生まれたに過ぎないのです。

二つ目の仕事の持ち方。ドライな時間管理ができ、戦後の特殊な職業倫理を捨てたら、あとは自分の得意とするものなどを第二の仕事として行うことです。自分の1日は9時~17時の会社と帰宅後18時半~21時までの書道教室というようなものです。それによって“自分が、自分のスキルを核とした生活設計”が可能になります。その事は時間の無駄な浪費もなくします。「17時に仕事が終わってから残業代をあてにしてだらだら過ごす」などと言う人生の無駄が、「人生二仕事~三仕事をして、本当の意味の安定に必要なスキルを意識する」人生感に変わる瞬間なのです。
実はこれは日本では珍しいことではなかった側面もあります。例えば市役所の職員が世界的なマラソンランナーであったり、高級官僚が本を書いたりは当たり前の光景です。今までこれらは特別な才能のある人の生き方だと考えられてきましたが、これから…21世紀の沈み始めたかつての経済大国では、このようなドリームビジョンが不可欠になって来るのです。

 

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