アマチュアスポーツ界のパワハラ問題を新しいゲームの始まりにしてはいけない

陽は昇る 私的日録
日々の移ろい・感受した
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このところ、日本のアマチュアスポーツ界に不祥事が相次いでいます。これまでは、何か問題が発生するとその責任者に対する“告発”が相次ぎます。そしてテレビのワイドショー(新聞の論調は低いのは理由があるのでしょう)が、低いか高いか分からないレベルの報道をこれでもかと繰り返して、当事者は“世間を騒がせた”と辞任する。そうなるとあとは水を打ったように、その話題は霧散してしまう。メディアとしては“水戸黄門”のように諸国漫遊して悪を成敗したくらいの感覚でしょうか。

しかし今回の体操女子の“告発騒動”では既に、出来上がった既存の報道方法という“手法”が見え隠れしてしまいます。“18歳の女の子が嘘を言うとはとうてい思わない”という呑気なコメントもさることながら、最初から何の検証もせずに、“告発者の言う事は100%正義”であり“告発された側は何を言っても悪”を前提として世論を作り上げるという、いつものメディアのやり方が少し度を過ぎ出してはしないかとも思います。とは言え、今回のパワハラとされている問題は、どうもこれまでのような不祥事問題とは少し毛色が違っているようにも思えます。18歳の女の子が弁護士同伴で記者会見を開いている構図は少し、それこそ違和感を感じるからですが、ここでは別の視点を指摘したいと思います。

 

これまでも、南京大虐殺や北朝鮮の拉致、政権批判や、最近では森友・加計学園騒動など常にメディアが行ってきた手法で、基本的には「そうとは思っていなくても、そう聞かれれば立場上、そう答えるしかない」ような質問をわざわざしておいて、何ら検証もせずに(最初から騒ぐのが目的ですから)、限られた一部の意見を過大に取り上げて、「彼らはこう主張している」と大騒ぎをするというパターンで、どれ一つとっても公正・真実などない構図です。

今回のようなトップの権力争い、非主流派の主張の正当性など、様々な視点での検証が必要なことは、日本体操協会だけでなく、このような採り上げ方をすれば、まさに日本社会の縮図のような問題です。その中でテレビの視聴率を上げるためが目的と言えるような“空騒ぎ”は当然控えるべきですし、またその報道には責任を持つべきでしょう。なによりも「どこか特殊な部分だけに焦点を当てて、それを拡大報道して騒ぐ」。ましてや「そう聞かれれば、そう答えるしかない」ような意見だけを全体論として報道して、だれかを何の法的根拠もないのに、潰してしまうような「いつものゲーム」を、また始めることをしてしまってはいけません。
メディアの報道にこそ、第三者委員会が求められるのでしょう。

 

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