日本企業は、いつになったら第四次産業革命の存在を理解するようになるのか

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私はよく企業経営者の方に「企業のアウトソーシングは、ある程度必要だが、人事と経理はすべきではない」という旨の話をします。これに対してその意味をすぐに理解される方もいれば、いくら話しても初歩レベルから進まないだけでなく、反証を展開しようとします。でもそのような会社の若手社員ほど、覇気がなかったり、中には社風に“没個性”を装う人もいます。これは残念なことです。つまり、時代は大きく変わっているのに、企業や社会に来るべき時代に必要な企業文化や倫理感を理解する能力が備わっていないことを意味します。

日本だけが新しい時代に適合していない不都合な真実

世界の先進国と同様に日本も第一次、第二次産業革命を経験し、大きな飛躍を果たしました。敗戦で少しタイムラグはありましたが、第三次産業革命と言える戦後の規格大量生産社会にも異常なまでに適合した社会化を果たしました。1970年の大阪万国博覧会はその象徴です。この1年の前と後で、日本のコンセプトがガラッと変わり、日本の規格大量生産適合社会は一気に上り詰めました。それがあまりにも適合し過ぎた成功体験であることが日本の不幸でした。

世界は第四次産業革命に移行している

日本の第三次産業革命とは、換言すれば「大量生産少量品種消費社会」のことです。日本がその美酒に酔いしれている間に、世界は第四次産業革命ともいうべき「少量生産多量品種消費社会」に変貌しました。1989年。突如として東西冷戦が終結したのも、これと無関係ではありません。日本が新時代に乗り遅れたのは社会体制と官僚機構が原因です。日本は戦後ひたすら規格大量生産社会の実現のための環境整備を行って来ました。つまり、これを良しとする社会倫理や社会の仕組みを進め過ぎ、時代が変っても、その成功体験から抜け出せずに国家のコンセプトを再構築することができなかったことにあります。

私達の子供の頃は、人と同じことが求められました。得意を伸ばすよりも、欠点を補うことが求められました。音楽が好きでギターを持とうものなら、またビートルズを気取って長髪にして、喫茶店に行こうものなら、それは“不良”と言われ、疎外されたなどとは、今では信じられないようなことですが、今でも上の年齢の方には、そんな考えを持つ人は少なくありません。

日本社会は、既に世界に大きく遅れをとっている

今必要なことは、次の時代のコンセプトに合わせた、新しい社会倫理や美意識を持った人材を育成する仕組みの構成です。これはいかに優秀と呼ばれる官僚でも、彼らの組織が古い時代に適合し過ぎたものなのですから、実行することは至難の業でしょう。結局は前時代を引きづった人々の思想を上手く受け告げられる人材が優遇される社会が存続し続けることになり、これではいつまで経っても世界の中で。日本だけが新時代に移行できません。

社会組織で言えば、日本の企業は、今は人事に関しては、ほとんど“人材派遣会社”とやらに丸投げしています。しかし人材派遣会社とか優秀な人材のヘッドハンティングなどと言ったところで、所詮社会経験や知恵のない若いスタッフが、自分の利益のためだけに人の交通整理をするのですから、画一的な人事配置にしかならずダイバーシティのある人材を広く、効果的に社会に送り出すことなど不可能で、畢竟金太郎飴てきな平凡社会文化しか生み出すことができません。問題なのは大手企業であっても、この辺りの深刻さには全く気が付いておらず、刹那の増収を求めていることでしょう。

現代社会では、きたるべき第四次産業革命的な能力に長けている人の多くは弾かれる運命となるでしょうが、その人達の中から今後新しい社会文化や倫理観を築いてゆく層が生まれるのでしょう。そして彼らが次の時代の牽引者となるのでしょうが、社会全般の地盤沈下が進めば、日本全体の社会のクオリティや、新時代の対応能力に欠ける社会にしかならないことは致命傷と言えるでしょう。とは言え、この10年、何もしてこなかった日本には変化に対応する覚悟ができているとは言い難いのもまた事実かと思います。

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