世界は原発事故で溢れている。いつまで続くのか、原発の偽りの安全神話創作と壊滅的事故の連鎖

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2011年3月の福島第一原発のメルトダウンから8年を迎えようとしています。日本国内では、その他の多くの犯罪や災害と同じように“あの惨事”を一過性の事故という位置づけが定着し始め、「放射能被害」とか「周辺地域の農産物の不買」などを口にすると“過剰反応”だとか“風評被害”のレッテルを貼られ、世間の隅に追いやられてしまう勢いです。

しかし一方、チェルノブイリ原発事故すら、日本の人々の意識の中から薄れてくる中で、原発や原発事故によるメルトダウンが抱える根本的な問題はなにも解決されていないのも事実です。「知らぬが仏」と言いますが、確かに現在、社会的影響力の極めて強い団塊の世代であれば、事を放置していても実害なく人生を終えることができるかも知れません。しかし30年〜50年後の世代に、何を残すことができるかと言えば「あとは野となれ、山となれ」ということでは済みません。

もっともな国際原子力機関(IAEA)の懸念

国際原子力機関(IAEA)の調査団は、これまで幾度も福島第一原子力発電所の状態に関して、政府や東京電力に多くの警告を発しています。例えば崩壊した原発建屋に流入した地下水が高濃度放射性物質に汚染されている現状について、東電は浄化してタンクに貯めるとしていますが、汚染地下水をすべてあそこに貯められると信じている人がいるでしょうか。
政府も調査団に対しては「汚染地下水の海洋放出について、多くの原発で日常的に行われている」と発言したようですが、そもそも日常的放射能濃度とメルトダウンしたものとを同等にすること自体、事後対応の難しさ、事実上対応への対策がないことを露呈させたとすら思えます。

反原発運動だけでは役に立たない

さらに恐ろしいのは情報の無視です。すでに世界中の研究機関からは、放射能汚染された海域図などが発表されています。これをみるとこの8年で、ほぼ太平洋全体を覆うような状況になっています。ではそれが社会問題化しているかと言うと、大きな影響を与えているようには思えないのが現状です。
影響と言うと、こうした流れを受けて、一部では反原発の運動が起こっています。しかしそれが全て役立っているかというとそうではありません。中には通常“普天間基地反対”とか“安倍政権反対”と言って廻っている団体なども含まれてますので、畢竟胡散臭い反原発運動と理解され、関わる事を憚るというようなケースもあります。そうなるとメディアやお抱え大学教授などは、簡単にその上げ足をとって“反原発の主張に安易に乗る事”の危険性を吹聴できるチャンスすら与えているように思います。ほんとうに原発の稼働を良しとしないのであれば、それなりの行動を起こす仕組みが必要ということでしょう。

世界中に起きている原発事故

その参考となるかは分かりませんが、実は世界の原発は、知られているだけでも、その始まりから今まで常に壊滅的な事故が定期的に起きています。原発事故の放射能災害が広範囲に影響を与えることを考えれば、これは世界中で、それはまるで戦争が維持、継続されているように、常に原発事故による、放射能災害が続いていることに愕然とします。

思い出すまま列記しても、1957年、原発黎明期のイギリスで起きたウィンズケール原子炉火災事故や動燃のロシアのマヤーク核技術施設の惨事があります。この時はまだ技術も確立できていない事もあり、事故事態の隠蔽や、事故対応の杜撰さ、そして今に続く死者放射能被害なども共通しています。
80年代~90年代は原発事故の当たり年かも知れません。日本でも99年の茨城県東海村の株式会社JCOの核燃料加工施設で臨界事故が発生しました。救急隊員の被ばくは700人近くになりましたし、87年のブラジルのゴイアニアでは盗難されたセシウムを拾った住人が300名近く被爆しました
それ以外にも90年のスペインのサラゴサやなどもありますし、ロシアのチェルノブイリは86年のことでした。

いずれなくなる原発だが… 

よく、原発自体は自然に無くなってゆくが時間はかかるだろうという意見があります。趣旨としては原発産業は莫大な規模の既得権益業界ですから、いくら世論で後押ししようとしても、上手くは運ばない。だからその時がくるまで、圧力をかけ続けようというものです。
おそらくそれはそうなのでしょう。確かにすでに原発の支持は、一時に比べて徐々に減少の一途を辿てはいます。しかしそれが達成されるには、50年~80年くらいの期間が必要となるでしょう。そしてその期間中には間違いなく大規模な原発事故の5~6回は経験することになるでしょう。そして公表されないものも含めて、世界中にコントロールできない“事故原発”の遺産、つまり高濃度放射能汚染の影響が残されることになるかも知れません。

政府を支持し、政治で変えて行くという手段しかない

そう仮定すれば、私たちが原発の是非を判断して行動する事には、それほど多くの時間がないのかも知れません。またこのような状況下だこそ、今後深刻な放射能事故があった時、国家単位の隠蔽工作や過小評価があったり、報道規制などが、更に鞏固に行われてゆくことになる事が想定できます。途上国だけでなく、アフリカ諸国がエネルギー政策を考えた時、それは人類の破滅を意味するような“悪魔の選択”となるような事態は避けなければなりません。
日本では久しぶりに安定政権が継続しています。メディアを始め、その上げ足を取ろうとすることが常態化されていますが、もし日本国内の現状を一刻も早く変えようとするのであれば、政府を支持して安定した政策をたてようと考えるのも必要な考え方であるのかも知れません。

 

 

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