際限なく税金が投入される”地方の再生”や”創生”。本当に必要なのは”整理”だという真実

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敢えて言う「日本の地方のほとんどは”再生””創生”は不可能

お正月には日頃足を運ばない遠方の神社仏閣へ参拝することが多いものですが、その際日頃通ったことのない地方の市町村を通過します。その時、多くの人が感じるのが”こんな寂れた町って、この先どうなるのだろう”。これに対して政治や行政は”税金(とは言いません、せいぜい地方創生資金くらいでしょうか)を投じて、効果的に地方を再生します”などと言い、事実膨大な税金が無計画に投入されます。こんな田舎に、なぜこれほど立派な市役所や公民館などの公の施設が必要なのだろうかと感じるのは、こうした公的資金がじゃぶじゃぶ使われているからです。

杜撰な資金管理。止まらない地方の隠れた不祥事

これらの税金が妥当に、且つ適切に使われているのであればよいのですが、現実には我々庶民が想像もしていないような杜撰な資金の管理が横行しています。もし全国の市町村の会計内容を普通の民間企業と同様の水準で調査すれば、堂々と胸を張る事のできる役所がどれだけあるでしょうか。敢えて言えばほとんどの役所は一部の既得権益者や市町村議員などの食い物になっていることすら気づいていない、或いはそれが当然だと考えている水準ではないでしょうか。市が誘致する道の駅に20億の予算が計上され、実際は8億くらい使ったあげく、後は使途不明…などという例が時々報道に登りますが、その前にその予算が妥当か否かのレベルで検証して市民感覚で妥当と判断されるなどと言うケースは極めて希だというのが筆者の感覚です。そもそも日本のほとんどの市町村が陥っている”消滅都市”。そんなところに過剰に税金を投入して箱ものや道の駅を作ってもすぐに赤字施設となり、市町村の首を絞めることになるには数年あれば充分です。

今必要なのは「地方に必要なのは”再生”でなく”整理”だ」という事実を正直に言える政治、行政だ

もし、いまの政治や行政が10~20年後に現在の判断の責任と問われるとなったら、現行の政策を続けられるでしょうか。答えはNOです。その根拠は私の知る限り、これらの仕事に携わっているかたの中で誰一人として、”このやり方で、10年後ですら自体が好転する”と言う人と会った事がないからです。

「創生だとか再生などで、地方が良くなると考えないが、いま何か手を打つとしたら税金の投入しかない」という意見に対して「それでは、その投資が地方に止めを刺すとは考えませんか」と問うと、腹を割って喋ってくれる方は例外なく「すでに日本の地方は”再生”の段階ではないのは理解しているが、では誰が”整理”しかないと火中の栗を拾うことができるでしょう」と言います。

政治や行政が事実を言い難いのは図式的には理解できます。しかし彼らがそれをしないのは国民に対する背任行為とも言えます。2020年東京オリンピックと浮かれている陰で、日本列島は巨大な崩壊が止まらないことを直視する必要があります。

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